大判例

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東京地方裁判所 平成6年(ワ)2585号 判決

原告

三宝商事株式会社

右代表者代表取締役

竹内康起

右訴訟代理人弁護士

吉住仁男

外山興三

宇田川和也

仲谷栄一郎

被告

ザ・ジレット・カンパニー

右代表者取締役

アルフレッド・エム・ゼイエン

被告

ジレット・アジア・パシフィック・プライベート・リミテッド

右代表者取締役

ノーマン・マイケル・ロバーツ

被告ら訴訟代理人弁護士

佐々木満男

小林秀之

石田英遠

藤田耕司

左髙健一

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自、金六億三〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一二月一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告主張の請求原因

1  原告は、カミソリ製品、化粧品などの輸入・販売などを業とする株式会社である。

弁論分離前の相被告ジレット・ジャパン・インコーポレイテッド(以下「ジレット・ジャパン」という。)は、ジレットブランドのカミソリ製品、化粧品及びその関連商品(以下「ジレット製品」という。)の日本への輸入・販売などを業とするアメリカ合衆国デラウェア州法に基づき設立された法人であり、日本に登記された営業所を有する。ジレット・ジャパンは、発行済み株式数一〇〇株で払込資本金一万米ドルの小規模な会社で、その株式はすべて親会社である被告ザ・ジレット・カンパニー(以下「被告ジレット・カンパニー」という。)が有している。

被告ジレット・カンパニーは、カミソリ製品、化粧品などの製造・販売などを業とするアメリカ合衆国デラウェア州法に基づき設立された法人で、直接又は被告ジレット・アジア・パシフィック・プライベート・リミテッド(以下「被告ジレット・アジア」という。)を通じて、ジレット・ジャパンに対し、その経営を監督し、必要な指示・命令をなし得るものである。

被告ジレット・アジアは、被告ジレット・カンパニーの子会社又は関連会社で、カミソリ製品、化粧品などのジレット・アジア太平洋地区における製造・販売などを業とするシンガポール法に基づき設立された法人で、ジレット・ジャパンに対し、その経営を監督し、必要な指示・命令をなし得るものである。

2  原告は、昭和四三年頃から、ジレット・ジャパンとの間で、取引期間を定めない、原告は一定の基本的取引条件に従いジレット・ジャパンから継続的にジレット製品を購入する、基本的取引条件は協議により随時変更するとの内容の継続的売買契約(以下「本件契約」という。)を口頭で締結し、ジレット・ジャパンの一次卸店としてジレット製品を継続して購入・販売してきた。平成五年一〇月当時の基本的取引条件は、次のとおりである。

対象商品 ジレット製品

仕切価額 ジレット・ジャパンの希望小売価格の五六パーセント掛

請求書締め日 毎月一日から末日までの出荷分を当月末日発行の請求書にて請求

支払日 締切の一五日後

支払手形サイト 無条件単品仕入六〇日

展示会条件を伴う仕入  六〇日

フロモーション(特売)条件を伴う仕入  九〇日

割引 締切日から一五日以内に現金により支払った場合は三パーセントを割引

原告は、昭和六一年頃から毎年、ジレット・ジャパンとの間で、本件契約中の販売感謝金(リベート)に関して「販売感謝金契約書」と題する書面による契約を結んでおり、この契約に基づきリベートを受領していた。

3  ジレット・ジャパンは、原告に対する平成五年一〇月一二日付の通知により、同年一一月三〇日において本件契約を解除(以下「本件解除」という。)し、以後、原告に対するジレット製品の供給を停止したが、本件解除は、次のとおり無効である。

(一) 一般に、期間の定めのない契約の解除には、合理的な予告期間、予告期間に代わる補償の提供又は正当な理由が必要であるが、本件解除は、三〇年近くに及ぶ継続的な契約を一か月半余の予告期間でされたものであり、また、補償の提供や正当な理由がないから、無効である。

(二) 本件解除は三〇年近くに及ぶ継続的な契約を一か月半余の予告期間でされたものであり正当な理由がないこと、ジレット・ジャパンが原告に対し平成五年六月頃に平成六年ワールド・カップ・サッカーの招待状を送り、平成五年七月頃に同年一二月二日に開催される予定の新製品の発表会への招待状を送ったので原告は当然本件契約が今後も円満に継続するものと信じており、本件解除が「だまし討ち」的にされたことから、本件解除は、信義則違反又は権利濫用によって無効である。

(三) 本件解除は、原告が被告らの競争者である米国法人ワーナー・ランバート社と取引を開始しようとしたことから、右会社の日本市場での営業行為を排除する目的によってされたものであり、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律一九条に違反し無効である。

4  被告らは、平成五年一〇月頃、ジレット・ジャパンに対し、本件解除をするように教唆した。被告ジレット・カンパニーの代表者であったマイケル・ハウリー、被告ジレット・アジアの代表者であったノーマン・マイケル・ロバーツ(以下「ロバーツ」という。)及びその他特定できない被告らの役員は、被告らの組織的な意思決定をして、本件解除の教唆をした。

5  被告らは、平成五年一〇月頃、ジレット・ジャパンと意思を通じ共謀して、本件解除をした。右共謀は、そのすべてが日本国内で行われていないとしても、その一部は日本国内のジレット・ジャパンと被告らの担当者とによって電話又はファクシミリにより行われた。

6  原告は、本件解除により、次のとおり合計六億三〇〇〇万円の損害を被った。

(一) 逸失利益四億八〇〇〇万円

本件解除により、原告は、ダイエー、西友などを含むジレット製品の販売先を失った。原告のジレット製品の年間総売上高は約二〇億円で、売上利益率は約一二パーセントであるから、二年間の逸失利益は四億八〇〇〇万円を下らない。

(二) 信用毀損     一億円

原告は被告の代理店という地位を失い、少なくとも一億円に相当する信用の毀損を受けた。

(三) 弁護士報酬 五〇〇〇万円

原告は、違法な本件解除から自らの地位を守るため、本件に先立つ仮処分手続及び本件訴訟を原告代理人らに委任し、五〇〇〇万円の弁護士報酬を支払うことを約している。

二  争点

本件訴訟について、日本国の裁判所に国際裁判管轄権があるか。

(原告の主張)

1 国際裁判管轄は、原則として国内法の裁判管轄の規定に準ずるべきであり、本件訴訟の請求原因は被告らの不法行為であるから、その裁判管轄権は不法行為地又は結果発生地の裁判所が有することになる。本件では、損害は明らかに日本で発生している(結果発生地)から、当然に日本の裁判管轄が認められるし、本件解除の指示も日本でされた可能性が高く(行為地)、仮にそうでないとしても、本件では、現実の実行行為たる本件解除はジレット・ジャパンにより日本で行われており、これが被告らの共同不法行為になるから、現実の実行行為をせず共謀だけを行った者を含めて全ての共謀共同行為者が同一の責任を負い、共謀行為の場所は問題にならないというべきである。

2 弁論分離前の訴訟について、日本国の裁判所にジレット・ジャパンに対する裁判管轄権があることは明白であり、被告らについても主観的併合(民訴法二一条)の関係にあるから裁判管轄権が認められるべきである。

3 被告らは、超巨大多国籍企業に属する会社であるのに対し、原告は日本国内でカミソリのみを扱う一商社にすぎないので、我が国に裁判管轄を認めることが公平に適う。また、主要な人証は、原告代表者本人並びにジレット・ジャパンの日本における代表者及び元の日本における代表者であるロバーツであり、このうち二名が日本在住、一名がシンガポール在住であるから、証拠収集の容易さという点からも、日本国の裁判所に裁判管轄権が認められるべきである。

(被告らの主張)

1 被告が外国に本店を有する外国法人であれば、その法人が進んで服する場合のほかは、日本の裁判権が及ばないのが原則であるから、外国法人である被告らに対して日本の裁判所の管轄権が及ぶ例外的な事情を原告が主張・立証する必要がある。国際裁判管轄については、当事者間の公平、裁判の適正、迅速を期するという理念により条理に従って決定するのが相当であり、民訴法上の土地管轄規定はその判断の要素として重要であることは否定できないが、そのことだけで判断されるべき問題ではない。

また、国際不法行為訴訟において、不法行為地をもって国際裁判管轄の根拠とするためには、原告において管轄原因を基礎付ける事実、即ち日本において被告らの違法行為により現に損害が発生し、被告らに日本での応訴を強いる相応の根拠があることを示すべきである。しかるに、原告は、ジレット・ジャパンに対して被告らが本件解除の指示ないし教唆をしたと主張するが、それ以上に何ら具体的な事実を主張していないし、また、そのような事実はない。

2 主観的併合訴訟の裁判籍に基づいて国際裁判管轄を認めることは、原告が適当な日本人又は日本法人の被告を合わせて訴えることによって本来国際裁判管轄の対象とならない外国人及び外国法人を日本の裁判所の管轄に従わせることができることになり、外国人及び外国法人の利益を不当に損なうことになるので、認めるべきではない。また、実行行為に全く関与していない外国法人に対して、共謀共同不法行為を根拠として国際裁判管轄を認めることも、相当ではない。

第三  当裁判所の判断

一  日本国に住所を有する原告が外国に本店を有する外国法人を被告として提起した民事訴訟について、日本国の裁判所に国際裁判管轄があるか否かは、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従って決定するのが相当である。そして、我が民事訴訟法の土地管轄に関する規定は、右と同じ理念に基づいて定められたものと解されるから、国際的観点からの配慮を加えた場合に右のような条理に反する特段の事情があると認められない限り、これにより裁判籍が日本国内に認められるときは、日本国の裁判所に裁判管轄権があると解するのが相当である。

この観点から、日本国が不法行為地であると認められる場合は、原則として当該不法行為に基づく訴えについて日本国に国際裁判管轄があると解するのが合理的であり条理に適う。そして、訴訟要件である管轄原因となる不法行為地が日本国である事実は、請求原因事実と符合するものであるが、管轄原因事実として一応の立証がされるべきである。

原告は、原告とジレット・ジャパンとの間に締結されていた本件契約についてジレット・ジャパンがした本件解除が被告らの教唆又は共謀によるものであるから、被告らとジレット・ジャパンとの共同不法行為になると主張している(なお、本件解除は原告の主張によれば無効であるから、原告が主張する不法行為の対象には、ジレット・ジャパンが無効な本件解除をしたことだけでなく、本件解除の結果として原告に対するジレット製品の供給を停止したことも含まれるものと解される。)。本件解除は、原告とジレット・ジャパンとの間の取引の過程で発生したものであり、被告らは、ジレット・ジャパンにとっていわゆる親会社であって、ジレット・ジャパンに対しその業務について協議ないし指揮をする関係にあるものである。このように親会社が子会社に対しある業務について協議ないし指揮をした場合、親会社の行為が常に共同不法行為を構成すると解すべきではない。即ち、親会社と子会社とが独立した法人格を有することは法制度においても取引社会においても広く認知されていることであり、親会社が子会社に対しその業務について協議ないし指揮をすることは一般的には違法なことではないから、親会社の行為が共同不法行為になるのは、それが親会社・子会社間の通常の関係の中で想定される協議ないし指揮の程度を超えたものであるなど、親会社に不法行為責任を負わせることが相当と認められる特段の事情がある場合であると解すべきである(例えば、子会社の大部分の役員・従業員が親会社の役員・従業員の兼務である、子会社から一定の範囲の取引に関する権限が親会社に委譲されているなどの事実があって、親会社から子会社に対する過度の支配があるとみられる場合は、親会社に不法行為責任を負わせることが相当と認められる特段の事情がある場合であると解される。また、原告は、ジレット・ジャパンが実質上は被告ジレット・カンパニーの支店又は事業部と同じであると主張しており、仮にジレット・ジャパンが実体は被告ジレット・カンパニーの支店又は事業部であるとの事実があるならば、それは、親会社に不法行為責任を負わせることが相当と認められる特段の事情になる可能性があるが、右事実を認めるべき証拠は一切ない。)。しかし、本件において、原告は、被告らがジレット・ジャパンに対して本件解除をするよう教唆した又はジレット・ジャパンと共謀して本件解除をしたと主張するだけであって、被告らに不法行為責任を負わせることが相当と認められる特段の事情については主張がないし、原告が主張する教唆及び共謀には、親会社・子会社間の通常の関係の中で想定される協議ないし指揮の程度を超えたものを含む趣旨があるとしても、右趣旨に沿う事実の立証は全くされていない(なお、甲第五号証には、「(ジレット・ジャパンの)代理店の解約についても、被告ジレット・アジアと協議し、最終的には被告ジレット・カンパニーの承認を必要としていました」との記載があり、甲第四二号証には、「(ジレット・ジャパンが)原告との契約を解除するなどという、「取引条件」よりもさらに重大な事項については、当然右(被告ら)両社の双方あるいは一方の承認が必要だと思われます」との記載があるが、いずれも断片的な伝聞であって、ジレット・ジャパンから一定の範囲の取引に関する権限が被告らに委譲されている事実を証するものとして評価することはできない。)。従って、本件訴訟において原告主張の不法行為の行為地が日本国である事実は、立証されていないというべきである。

以上の判断に加えて、原告が指摘する被告らが多国籍企業に属する会社であること及び証拠調べにおける便宜を考慮しても、日本国の裁判所に裁判管轄権を認めるのが条理に適うということはできない。

二  原告は、分離前の訴訟について、ジレット・ジャパンに対する裁判管轄権があることは明白であることから、主観的併合(民訴法二一条)の関係による裁判管轄が認められるべきである旨主張する。しかし、国際裁判管轄の有無を決するについて、主観的併合を理由に併合請求の裁判籍を認めることは、自己が社会活動の基盤を持たない他国での応訴を強いられる被告の不利益に鑑みると、特段の事情がない限り許されないものというべきであるところ、右特段の事情についての主張・立証はない。

第四  結論

以上のとおり、原告の被告らに対する訴えについて日本国の裁判所に裁判管轄権を認めることができないので、右訴えは不適法である。

よって、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大島崇志 裁判官小久保孝雄 裁判官小池健治)

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